とじる
寄る辺
言葉、それが芸術か否かはさておき、残すタイミングというものが存在するように思えます。その齢、季節、出会い、別れ、心境変化、それを成熟と呼ぶべきか、はたまた退行なのかはわかりませんが人生のある一定の期間にしか書けないものは間違いなく在ります。その中でとりわけ「遺書」というものは果たして今際の際に書くものなのか、それが然るべきタイミングなのかと悶々としておりました。私の人生はとっくに私の手を離れていて、創作に魅せられたといえば聞こえが良いですが、その大きさ故に輪郭を捉えることすら難しい概念に先導してもらわないと足が先へ進まないのです。遺書を残すには、既に本人の意識が希薄すぎます。ただ、その先導によって刻まれる足跡は紛れもなく人間の足の形をしています。踏んだ本人の意思が靴底の形に反映されないように、私がそれをどういう気持ちで踏もうが人の足跡です。誇れるものが多くない自身の人生に、唯一、他人に何かを与える可能性をもっている楽曲、ひいては詞たち。それをこの「遺書」という場所へ羅列することで、決して少なくはない人数に自分の生き様をいち人間として覚えておいてもらえる気がするのです。
文章◉澤田 空海理
装画◉田雜芳一
Digital Single
遺書
2023.12.6
作詞作曲・編曲:澤田 空海理

演出 : 吉田ハレラマ
出演 : 溝畑幸希 / 佐々木 藍

作詞作曲 : 澤田 空海理
編曲 : 澤田 空海理

Director : Harerama Yoshida
Starring : Yuki Mizobata, Aito Sasaki
Hair&Make-up : honoka.
Filming Assistant : Kouki Akiyama
         Arinobu Takita
         Everyone's Paradise

Thanks to : UTSUNOMIYA ZOO
     MARNI RECORD
     studio baco
     piece des cheveux
     biru to zarigani
     Ohtake Masahiro

Songwriter : Sori Sawada
Arrangement : Sori Sawada
Drums : Genta Shirakawa
All Other Instruments : Sori Sawada

Recorded at hmc studio (Drums)
Recorded at studio fille (Vo,Gt,Ba)
Mixing Engineer : Hiroshi Ikeda (hmc)
Mastering Engineer : Yuka Koizumi (Orange)


遺書

良い曲ってなんだろうか。
多分、あなたが褒めてくれたものが全部そうだ。
ここらで一息つきたいが、
どうやら歩幅を広げなくちゃいけないらしい。
残り滓でいいから手放せないもの。
見放されたって持っていたいもの。
ひとりよがりの音楽があって、
守らなきゃいけない凹みがあって、
誰にも渡したくなかった。
その中で、たった一人の例外だった。
良い歌詞ってなんだろうか。
多分、あなたから奪い取ったものが全部そうだ。
信じるってなんだろうか。
そうか。僕が裏切ってしまったものがそれに当たった。
天才にはなれなかった。
でも、あなたが信じてくれたから
凡才にはなれなかったよ。
あなたが好きだと言ってくれていた歌詞は、
今ではあなたを傷つける道具になった。
独りで生きるには困らないお金を
あなたの歌で稼いでいる。
誰にも触れさせたくなかった。
その中で、たった一人の特別だった。
良い歌ってなんだろうか。
多分、誰も傷つけないような歌だ。もう無理だな。
生きていくってなんだろうか。
多分、あなたがかつて嫌ったものが全部そうだ。
天才なんかじゃなかった。
でも、あなたが譲らなかったから
ここまで歩いてこられたんだよ。

そこには大きな光があるんだろうか。
変わんなきゃいけないんだろうか。
いずれにせよ僕はそれを見てみたいんだ。
いつまでも此処には居られないから。
いや、居てもいいんだ。本当はさ。
泥の中で死ぬのも悪くないよ。
それでも見せたい景色がある人の数が
あの頃より少し増えたんだ。
本当は君と見たかった夢だ。
「ほら、私がいなきゃ困るでしょ」と
また、ふざけて言ってほしいんだ。
今度は本気で言ってほしいんだ。
「この曲、好きじゃない」と呆れてくれ。
自分を信じられなくなった。
書きたいことなどとっくに無くて、
足はとっくに止まってしまった。
最後だから言うよ。うん、ちゃんと困るよ。
良い曲ってなんだろうか。
多分、あなたが好きじゃない曲がそれになっていくんだ。
振り返っても、書き直しても、何も変われないから。
君のことを書いた歌を、君が歌っていた。
僕より少しだけ音痴で、よほど血が通っていたんだ。
リズムは撚れてしまって、裏声は細くなって、
ぐだぐだ、ぐだぐだ続いた。
ご機嫌な尻尾みたいだ。
ゆらゆら、ゆらゆらしていた。
引っかかる桜みたいだ。
ひらひら、ひらひらしていた。
夜中の信号みたいだ。
ふらふら、ふらふらしていた。
散骨のように目に焼き付いた。
煌々していた。

消えない価値を貰った。
あぁ、これは覚えておこうと思った。
この先、何年かかっても、
そんなの望まれていなくても、
返したいんだ。話があるんだ。
聞いてほしいんだ。
あぁ、違うな。もっと単純なことだった。
寂しいよ。君がいないとさ。
以上をもって、これを僕の遺書とする。