とじる
寄る辺
言葉、それが芸術か否かはさておき、残すタイミングというものが存在するように思えます。その齢、季節、出会い、別れ、心境変化、それを成熟と呼ぶべきか、はたまた退行なのかはわかりませんが人生のある一定の期間にしか書けないものは間違いなく在ります。その中でとりわけ「遺書」というものは果たして今際の際に書くものなのか、それが然るべきタイミングなのかと悶々としておりました。私の人生はとっくに私の手を離れていて、創作に魅せられたといえば聞こえが良いですが、その大きさ故に輪郭を捉えることすら難しい概念に先導してもらわないと足が先へ進まないのです。遺書を残すには、既に本人の意識が希薄すぎます。ただ、その先導によって刻まれる足跡は紛れもなく人間の足の形をしています。踏んだ本人の意思が靴底の形に反映されないように、私がそれをどういう気持ちで踏もうが人の足跡です。誇れるものが多くない自身の人生に、唯一、他人に何かを与える可能性をもっている楽曲、ひいては詞たち。それをこの「遺書」という場所へ羅列することで、決して少なくはない人数に自分の生き様をいち人間として覚えておいてもらえる気がするのです。
文章◉澤田 空海理
装画◉田雜芳一
Digital Single
冬萌
2023.02.14

作詞作曲・編曲:澤田 空海理

Guitar Solo : WADA TAKEAKI
Guitars / Bass / Piano / Trumpet : Sori Sawada
Mixing Engineer : Tomonobu Hara (Cafe Cafe au Label)
Mastering Engineer : utako

MV
演出 : 吉田ハレラマ
出演 : エキストラの皆さま

冬萌

肝心な話はぜんぶ
表情で覚えた。
どうでもいいことは
心根で覚えた。
小石が転がって、
それさえも楽器だった。
ポケットから手は出して。
転ばないでね。

冬萌の早緑。欄干下の汀。
二月というより、色素の薄い春だった。
秘密が秘密のままじゃないことで
ままごとみたいにかかる魔法。
余分を愛せるようになったこと。
遠回りの方が道を覚えること。

大切な話はぜんぶ
声色で覚えた。
どうでもいいことは
声色で覚えた。
毛玉の浮いたニット。
背中のはとれないんだ。
あぁ、そうか。
生きるのって二人要るんだな。

「私ってこんな声なんだ」と馴染んだ声が
まさに、二月らしい。燦然とした冬だった。
ほんとに好きだね、ビタースイート。
フライパン、ポップコーン、スタッカート。
見てるこっちが寒くなるスカート。

「ただいま」だけに宿るもの。
ただ、今だけにしない方法を探しているんだよ。
鴨居にかけたコートから中間の匂いがして
さむいのに、あたたかいものを知った。

秘密が秘密のままじゃないことが
こんなにも夜をつくるのか。
余分を愛せるようになったこと。

あぁ、そうだ。こんな日だった。

普通が普通のままであることで
冗談のようにかかる魔法。
余分を愛せるようになったこと。
とっくに本分になったこと。

今日みたいな曠日は
毛布に包まる口実だ。
定時に動く中央線。
小銭が返される自販機。
冬の、痛い肺の高揚感。

変わり映えしないけど、
当たり前じゃないこと。