とじる
寄る辺
言葉、それが芸術か否かはさておき、残すタイミングというものが存在するように思えます。その齢、季節、出会い、別れ、心境変化、それを成熟と呼ぶべきか、はたまた退行なのかはわかりませんが人生のある一定の期間にしか書けないものは間違いなく在ります。その中でとりわけ「遺書」というものは果たして今際の際に書くものなのか、それが然るべきタイミングなのかと悶々としておりました。私の人生はとっくに私の手を離れていて、創作に魅せられたといえば聞こえが良いですが、その大きさ故に輪郭を捉えることすら難しい概念に先導してもらわないと足が先へ進まないのです。遺書を残すには、既に本人の意識が希薄すぎます。ただ、その先導によって刻まれる足跡は紛れもなく人間の足の形をしています。踏んだ本人の意思が靴底の形に反映されないように、私がそれをどういう気持ちで踏もうが人の足跡です。誇れるものが多くない自身の人生に、唯一、他人に何かを与える可能性をもっている楽曲、ひいては詞たち。それをこの「遺書」という場所へ羅列することで、決して少なくはない人数に自分の生き様をいち人間として覚えておいてもらえる気がするのです。
文章◉澤田 空海理
装画◉田雜芳一
Digital Single
三年間
2021.01.27

作詞作曲・編曲:澤田 空海理

Model - 溝畑 幸希
Photographer - whoo
Mastering Engineer - utako

三年間

返事遅いなあ。でも待ってみるかな。
めんどくさいやと思われたくないな。
あなたが頑張ってるのは、見ればわかるよ。
それを見せないようにしてることも。

もしかして私はお荷物でしょうか。
今、ご機嫌取りをされてますか。
負担になっていましたか。少し重かったですか。
それが一番嫌なんですが。

ダメなところなんて、もう知っているから。
下手したら良いとこよりも知っているから。
かっこつけてほしいのは
そういうところじゃないんだよ。
彼氏とか彼女とか、そんなんじゃなくて
人には見せられない寝相とか
わりかし変な趣味の話とか
くっだらなくて死んでしまうような暮らしを。

朝から点数稼ぎですか。
それに乗ってしまう私も私ですが。
まぁ、そこはおたがいさまってことで。
言葉に引っ張られている関係だって
上手くいくなら良いんじゃないかな。

もしかして二人はお似合いでしょうか。
ただ能天気なだけでしょうか。
通じない皮肉も、下手なサプライズも
なんだか私たちらしいよね。

好きなドラマがあったの。古いドラマよ。
帰ったら見返したいな。君も、よかったら。
愛想くらい何度も尽かしてみよう。
何ならさ、週一で好きならばそれで良いんだ。
意外と子供っぽい舌とか
時たまハマる変なゲームとか
知っていたようで、知らなかった一面を

見せてほしいんだ。
今更、隠すものなんてないでしょう?
君に慣れたいんだ。
子供のままじゃ知らない幸せの形があることが
とても嬉しいんだよ。

ダメなところなんて、もう知っているから。
私にもあって余るよ。知っての通りさ。
直そうとしてるなら、それでいい気がするんだよ。

明日は雨みたいだね。家にいようか。
来週も、当分先も一緒にいるから。
気付かないほど、上手に埋め合わせてよ。
下手くそなサプライズ、見せてよね。

あのね、嬉しいことがあったよ。
いつもみたいに聞いてほしいんだよ。
くっだらなくて死んでしまうような話を。