とじる
寄る辺
言葉、それが芸術か否かはさておき、残すタイミングというものが存在するように思えます。その齢、季節、出会い、別れ、心境変化、それを成熟と呼ぶべきか、はたまた退行なのかはわかりませんが人生のある一定の期間にしか書けないものは間違いなく在ります。その中でとりわけ「遺書」というものは果たして今際の際に書くものなのか、それが然るべきタイミングなのかと悶々としておりました。私の人生はとっくに私の手を離れていて、創作に魅せられたといえば聞こえが良いですが、その大きさ故に輪郭を捉えることすら難しい概念に先導してもらわないと足が先へ進まないのです。遺書を残すには、既に本人の意識が希薄すぎます。ただ、その先導によって刻まれる足跡は紛れもなく人間の足の形をしています。踏んだ本人の意思が靴底の形に反映されないように、私がそれをどういう気持ちで踏もうが人の足跡です。誇れるものが多くない自身の人生に、唯一、他人に何かを与える可能性をもっている楽曲、ひいては詞たち。それをこの「遺書」という場所へ羅列することで、決して少なくはない人数に自分の生き様をいち人間として覚えておいてもらえる気がするのです。
文章◉澤田 空海理
装画◉田雜芳一
Digital Single
後れ毛
2025/11/19
作詞作曲・編曲:澤田 空海理


後れ毛

潮風に軋む、ぬばたまの髪のその手触り。
それが貴女でさえあってくれたら、
僕も、大丈夫だ。

あんたの後れ毛さえ見えなくなった。
風が吹けば直そうして
半顔くらい、こっち向くかい。
夏は余計なことを考える。

姿見、そろそろ買い替えなよ。
なんで、そんなに寄るのさ。
なんで、そんな顔をすんのさ。
なんで、無い粗を探すのさ。

情けないよ。誰があんたをそうしたんだ。
片棒だけ担いだ自覚と、
綺麗になる貴女を止める自信さえなくてさ。
もう考えるな。

考えるなぁ。

もう苦しめてもくれないんだな。
憎まれてもいないんだろうな。
生きていてくれて、ありがとう。
困ったら迷わず僕の方へ飛べ。

僕が、大丈夫にする。

あの日から、後れ毛さえ見えなくなった。
これ、夢だよね。顔が見えるから。
しかし、今回は長いね。

あんたの声すらも、もう忘れてしまったな。いいさ。
瑕を見せてくれたのは、
僕には隠さなかったのは、
その瘡蓋を撫でたのは、
髪に最後に触れたのは、

ちゃんと覚えている。